アニメーター新井淳さんインタビュー / Animator Jun Arai Interview

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(2011年発行の同人誌『新井淳原画集』より再録)
取材日/2011年6月18日
取材場所/シェーキーズ吉祥寺店
聞き手・構成/三浦大輔(bono1978)

きっかけ / Why did he decide to become a animator?

――アニメーターになろうと思ったきっかけは、何なんですか?

新井 80年代のTVアニメって、月に1回ぐらい作画の凄い回があったんです。ちょうど、家庭用ビデオデッキが普及し始めた時期で。近所のおばさんの家にもビデオが入って、かわいがってもらっていたので、それを使わせてもらえた。『Gu-Guガンモ』('84)とか録って、コマ送りして観てたら、描き文字とかいろいろ描いてあって、「何だこりゃ?」と。それで、そういう凄い回がもっと観たくなって、楽しみに毎週TVを観るようになった。それが、多分いちばんのきっかけみたいなものですね。「TVアニメで、こういう凄い作画をしたいなあと思った」って事ですよね(笑)。

――ちなみに、何年生まれなんですか?

新井 1974年。

――80年代に起きたアニメ作画ブームの頃、新井さんは10歳ぐらい。その辺から、TVで気になるものが出てきた?

新井 『(装甲騎兵)ボトムズ』('83)とか『(超時空世紀)オーガス』('83)ぐらいが、多分、きっかけなんですよね。

――やっぱりアニメアール回とか?

新井 そうですね。「二人」っていう回があるじゃないですか。宇宙用のスコープドッグを見て「格好いい」と思った記憶があるんですよ。小学生だったから、スコープドッグの設定画を見た時は、頭が大きくて格好悪いし、あんまり興味無かったんですけど。たまたまTV放映で動いてるの観たら、「凄い格好いいな」と思って。それから、そういう眼でロボットアニメを観始めた。ふつう、アニメを卒業する歳頃なんですけどね。逆なんですよ(笑)。

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『装甲騎兵ボトムズ』#29「二人」(作画監督:谷口守泰/原画:上井康宣、貴志夫美子、河村佳江、加瀬政広)。

――スタジオジャイアンツに入りたいと思ったきっかけは?

新井 知識としては、『TVアニメ25年史』ですね。小学生の時は、アニメーターの名前とか、原画とか、そういうシステムを知らないんですけど。リアルタイムで観てて、なんかしらないけどインパクトがあったのを覚えていて。中学生になって、アニメ誌を買い始めたら、クリエイターの情報が載っていた。その延長で『TVアニメ25年史』を買って、そういう知識をどんどん増やしたんです。アニメージュ関連の本で知った事って多いですね。

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――『アニメージュ』のジャイアンツ特集って読まれました? 84年1月号にあるんですけど。

新井 これはだって、ジャイアンツにコピー貼ってありましたもん(笑)。僕も、古本屋行って買いましたから。

――そうなんですか(笑)。他に入りたいと思ったスタジオはあったんですか?

新井 あんまり「よし、このスタジオに就職活動してみよう!」みたいに、積極的に思ったわけではなくて。アニメーターになりたいから専門学校行って、「アニメ作れたら楽しいな」と思って。卒業寸前になって「就職しなきゃ」って就職課へ行ったら、ジャイアンツとガイナ(ックス)と幾つかが残ってた。「じゃあ、ジャイアンツかガイナにしようかな」と。当時はまだ、今石(洋之)さんもブレイク前で、ガイナで人が育ってるってイメージが無かったんです。その時は、ジャイアンツの方が、いっぱい有名な人が育ってた。だから、自分としては安全牌のつもりで、ジャイアンツの方に(笑)。もともと、ジャイアンツ時代の摩砂雪さんが好きだったんです。ただ、摩砂雪さんは、ジャイアンツにいた時に僕の好きな仕事はしてるけど、今はガイナだよ、みたいな感じだったので、けっこう迷ったんですよ。「どっちなんだろう?」って。でも、ジャイアンツの社長が専門学校に昔、教えに来てて、割とすぐ決まりそうな感じだったので、電話して、面接行って……。

――専門学校は、東京デザイナー学院(※東デ)ですか?

新井 そうです。

――ジャイアンツは、東デ出身者多いですよね。

新井 そうなんです。社長が昔、東デで教えていて。例えば、摩砂雪さんの世代は、高橋ナオヒトさん、増尾昭一さん、鈴木俊二さんたちが同級生で、東デで卒業制作とか作ってたグループがそのまま入ったと聞いた記憶があります。

スタジオジャイアンツ時代 / Animation Studio Giants days 

――新井さんは、97年3月入社。ジャイアンツのグループ会社で、「スタジオライオンズ」というのがあります。これは動画の方が入るんですか?

新井 ジャイアンツに入社すると、動画部門のライオンズに入れられる。で、原画や作監にステップアップすると、ジャイアンツに行く。僕は、原画も、最初の頃はライオンズで描いてました。志田正博さんが辞めて空席ができた時に、ジャイアンツに行ったんです。

――動画のデビューは、『爆走兄弟レッツ&ゴーWGP』('97)で、原画デビューが『爆走兄弟レッツ&ゴーMAX』('98)?

新井 はい。

――特にこの方に教わったとか、ありますか?

新井 武藤公春さん。ライオンズでいちばん上の人で、けっこう面倒見てもらいました。武藤さんに最初に2原を振ってもらって、原画にしてもらった。ジャイアンツに行ってからは、勝亦(祥視)さんとか。作監で、江上(夏樹)さん、亀井(治)さん、池上(太郎)さん。とにかく、怒られまくってた(笑)。

――(笑)。ジャイアンツに入ってみて、影響は受けましたか?

新井 いや、自分のやりたい事が全くできなかったというか、合わなかった……。

――やはり、「80年代の摩砂雪さん」的なことがやりたかった?

新井 結局、80年代は作品が自由奔放だから、あの作画が要求されてたんです。今は、それが要求されている作品が無いという話で。「君は、考え方が間違ってるから」みたいな雰囲気で(笑)。今石さんがブレイクするまで、金田調が死滅していた時期なんですよ。

――フリーになられたのは、いつ頃ですか?

新井 2000年前後です。『ゾイド -ZOIDS-』の第2期を、ちょっとやってから辞めた記憶がある。1999年中に辞めてるかもしれないです。99年に「練馬豪雨」というのがあって。練馬に記録的なゲリラ豪雨が降って、停電になったりして、大洪水になっちゃった。あの時に、ジャイアンツで『ゾイド』の原画描いてたら、停電になって(笑)。1時間ぐらい作業中断になっちゃった。マンションの10階とかかなり上の方に部屋があって、自分は窓際だったので、凄い雲とか稲光で恐かったの覚えてる。

――ジャイアンツ時代に、記憶に残っているエピソードはありますか?

新井 劇場版『機動警察パトレイバー2』『METHODS』って本、あるじゃないですか。あれを専門学校の時に買って読んで、「これからは、こう描かなければいけないんだな」と思って。原画始めた時に、その通りレイアウト描いたら、メチャクチャ怒られた(笑)。「パース線とマルチョンで描いた方が、美監とか作監が直しやすいから、お前は余計なことをするな!」って。凄いヘコみました。頑張ったのに……。だいたいそんな感じですね、ジャイアンツ時代は。影とか、鉛筆寝かせて調子付けて描いたら、「これは美術の人が線、見えなくなるから、余計なことするなよ!」って、怒られてた。そういえば、『ゾイド』と同時期に『(小さな巨人)ミクロマン』('99)も放映してたんですよ。ジャイアンツを辞めた先輩が、作監やってたんで、『ミクロマン』のビデオが回ってきて、社内の先輩が観てたんですね。で、「新井君、こういうのやりたいの?」って言われて、借りて観たら、今石さん達の暴走作画が話題になったガイナ回が入っていたんです(笑)。「これですっ!!」って。そしたら、「ジャイアンツじゃ無理だよ」って(笑)。で、その年で辞めちゃうっていう感じだったんですよね。

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フリーに / Freelance

――2000年代前半はJ.C.STAFFの仕事が続きます。この頃はメカを描かれていたんですか?

新井 メカとかアクションシーンを。専門学校時代の知人がJCに居て、「作監やるから原画を手伝って」って言われて。最初は、『紺碧の艦隊』を主にやってました。当時のJCって、美少女物にどんどん移行する時期で、「美少女物でも、アクションだったら大丈夫かな?」みたいな感じで、『ガンパレード・マーチ』('03)のロボット描いたり。『忘却の旋律』('04)で吉成(曜)さんがデザインしたバイク(※アイバーマシン)描いたり。『忘却』は、第6話で巨大なネズミのお化けがダムに出てくるシーンを描いたの覚えてます。その時、演出の桜美(かつし)さんにかなり直されて、怒られた記憶が……。レンズとか、レイアウトの密度を出すのが苦手で、「これじゃダメだ!」って全修されて。桜美さんにしたら、「こいつをなんとかしないと、ダメになっちゃう」みたいな、多少、親心的なところもあったんじゃないかなと思います。リテイクに何も具体的な指示がなくて「質問に来い!」みたいな感じで。自分は方向性が全然違ったんで、そこから何か発展したわけではなかったんですけど。桜美さんは、1本にレイアウト300カットあったら200カットぐらい全部直しちゃうんですよ。自分とは、本当に正反対って感じで。僕には無理だなあと思いました(笑)。この時期の参加作品って、露骨な金田調やってもシート全部直されちゃってたんです。でも、大張(正己)さんっぽい感じでやると、割と通る。自分の中では、抑えて「劣化大張さん」みたいな感じで(笑)、あんまり浮かないシートで我慢しつつやってた感じ。描いてるのはメカやアクションでも、『ひぐらし(のなく頃に)』('06)以降ほどは、浮いてないはずです。

チャレンジ / His Challenging

――『うえきの法則』('05)で初作監。

新井 『うえきの法則』からディーン作品のグロス回をやるようになりました。グロスの会社で、当時作監やってた人が会社を出るから、「作監が欲しいなあ」って言ってて。僕も「できればやりたい」と思っていたので、演出さんに紹介してもらったんです。作監だから原画よりは自由にできるけど、まだ空気読んでシートつけてましたね。だんだんキャラも似てきて、「新井さん似てますよ」って評価してくれて。『うえき』の後も、作監の仕事を継続して振ってきてくれた。作監やる時は、原画はアクションシーンを持たせてもらって、「他はシリーズの中で浮かないように合わせていくけど、ワンシーンだけは、ちょっとサービスさせてね」みたいな感じで、ワンシーンだけ凝れるシーンを作ってました。『CODE-E』('07)でも、スパークがあったらスパークのシーンだけ濃くやってみるとか。そういうとこで、自分の中でバランスは取ってたんです。こだわったワンシーンが、やりすぎに見えて、プロデューサーとかは、ちょっとヒヤヒヤしてたみたいですけど。でも、けっこうよく言ってくれて、ありがたかったです。『ひぐらし』も、最初、作監と原画の依頼があったんですけど。その頃、制作の一番上の子に相談したんですよ。「メカとかアクション物がやりたいけど、この先、ディーンさんだと無さそうだよね」って話をしたら、「相談乗ってもらいましょうか」って、サンライズに連れていってくれたんです。「じゃあ『ガンダム』どうですか」って事で『スターゲイザー』(※『機動戦士ガンダムSEED C.E.73 STARGAZER』)('06)やったんですけど、全修されて悔しい思いをして、元の会社に戻ったんです。そんな時にやったのが、『ひぐらし』なんですよ(笑)。

――シンパシーを感じるようなアニメーターに初めて出会ったのは、いつ頃ですか?

新井 『ひぐらし』の少し前に、沼田さんの作画を知ったんです。『ひぐらし』にも参加してるの知って、けっこうワクワクして……だから、それが最初でしたね。実際に沼田さんと会ったのは、もっと後、『CODE-E』の時なんですけど。『ひぐらし』の時に、「沼田さんもやってる作品だし大丈夫かな?」と思って、ちょっとチャレンジしてみたら、大丈夫だった。その後、結局また、いつも通りに直されちゃったりしてるんですけど。池畠(博史)さんの回で、チャレンジできる環境になって。「チャンスが少しでも増えてきたのなら、やろう!」と思って参加してたら、周りに似たような若い人たちがいっぱいいた。池畠さんと知り合って、仲間が増えていった感じです。

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『ひぐらしのなく頃に』#22

――『CODE-E』は、絵コンテやられてます。これが、初絵コンテですか?

新井 そうですね。自分から、「やらせてもらえないか」って話をして。『ひぐらし』以降でディーンさん社内で、割と評価があったのと、アピールすればやらせてもらえそうな感じだったので、「苦手な日常物だけど、やってみようかな」と。この時は、割と追い風が吹いてたので、チャレンジした感じですね。

――やってみて、どうでしたか?

新井 面白かったです。仕上がりは、あまりよくなかったですけど。やってる分には、やはり新鮮な事だった。

――凄い引いた画が多い印象を受けました。

新井 それは、わざとです。FIX画面で、あんまり動かさないで、要するに作画の手間をかけさせないで見せられたら面白いなと思って。徹底して、それをやったんですけど、あまり上手くいかなかった。自分が演出処理までやったわけではないので、処理の段階で、だいぶカットされたりして。安全牌のコンテじゃなかったんでしょうね。処理と作画に対する要求が、逆に高かったのかもしれないです(笑)。

池畠博史さん&雨宮哲さん / Works with Mr.Hiroshi Ikehata , Mr.Akira Amemiya

――伸び伸びできるようになってきたのは、いつ頃ですか?

新井 『マイメロ』『おねがいマイメロディ~くるくるシャッフル!~』('06)34話)になるのかな。

――池畠さんの回。

新井 『ひぐらし』の22話を池畠さんが観てて、「誰が描いたか分からないけど、『マシンロボ』みたいな作画がある」ってネットで騒いでた時に、「たけしとさん」のブログ(※「あんていなふあんていダイアリー」)を見て名前を知ったとか。その流れでやったのが、『マイメロ』なんです。

――池畠さんは、やっぱり他の演出家と全然違うタイプなんですか?

新井 違いますね(きっぱり)! ご自身が作画マニアなので、「自分が観たい作画アニメならこうする!」みたいなノリで、アニメーターに頼んだり、振ったりしていて。あと、制作側の上の方との折り合いを付けられる。普通の演出さんだと、そういう軋轢が出ちゃうのを嫌がるんです。軋轢が出ないように、修正したり、危険な人を使わなかったり。池畠さんは、みんなで楽しみたいっていう志向が強いみたいで、良い意味で学生の自主制作ノリ。若い人が「やりたい」って言ったり、池畠さんが連れてきたり、みんなでワイワイやってるのが凄い楽しかった。

――『ハヤテのごとく!』('07)の担当は、ヘリのシーン?

新井 ヘリと、ロボットですよね。『グレンラガン』パロディ。カットごとに見れば分かると思いますけど、ピンポイントを飛び飛びに。メカとかアクションカット。池畠さんの采配で、全部やりたいとこでした。全然文句ないですって感じで。

――『絶対可憐チルドレン』('08)は、雨宮(哲)さんの同人誌に「Bパートを主に見た」と書いてありますが、と言うことは、新井さんがAパートの作監?

新井 基本は、僕がAで、雨宮さんがBですね。でも、完全なAB分けじゃない。一部原画マンによって、雨宮さんがいいか、僕がいいかで別れているので、僕もBパートの一部をやってるし、雨宮さんもAパートの一部をやってはいるんです。

――『絶チル』37話は、WEBで募集したアニメーター志望みたいな方も使ってましたね。

新井 池畠さんと雨宮さんの企画で、原画経験の無いプロもしくは素人、GIFアニメが作れる人を対象に募集したんです(「ABE48」)。何点か送られてきた中から、池畠さん雨宮さんが協議して、5人くらい選ばれて、「この人に頼んでみよう」って、やってもらった。その回の作監に僕が入ってるのは、応募者の中に「山下ファンクラブ」さんで、知り合ってた人がいたからなんです。「僕が参加すると思って、応募してきたのだとしたら、面倒見た方がいいかな?」っていう感じで。池畠さんに「作監見つからないんだったら、手伝いますけど」って言って、それで雨宮さんと半分ずつ。

――雨宮さんとの出会いは、いつごろですか?

新井 『(天元突破)グレンラガン』('07)1話放映の日に、お花見があったんです。僕は池畠さんに誘われて初めて行って、そこで雨宮さんを紹介して貰った。雨宮さん的には、学生の頃から、僕のホームページのロボットのイラスト見てたそうで。「凄い好きなんですけど、『グレンラガン』やってほしいです」みたいな感じで言われて。でも、雨宮さん、その時は新人で、まだ仕事を他人に頼める立場じゃなかったんです。でも、その花見にもいたゴンゾの制作さんのとこに『グレンラガン』のグロスの回の話しが来て、池畠さんに演出の話がいって、池畠さんから僕に原画が来て。そのグロス回を、ガイナとしては雨宮メカ作監と言うことになって、「じゃあお願いします」と、結果的に実現した(笑)。それが初めてですね。『グレンラガン』がまずあって、同じ制作と作画と演出のメンバーで『ハヤテ』『絶チル』と続きました。

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『天元突破グレンラガン』#22

こだわり / His Commitment


――同時期の『狂乱家族日記』('08)5話も、かなり独特でしたね。

新井 『狂乱』は、『(星銃士)ビスマルク』丸々オマージュ。演出の牟田口(裕基)さんの依頼で、打ち合わせしに行って、自分の打ち合わせは30分もかからないで終わったんです。で、余った4時間ぐらい、ずーっと作画の話をしてた。「僕の場合、さんざん直されてへこんでるんで、「暴走作画にして下さい」って言われないと普通になっちゃうんですよ」みたいに話してたら、牟田口さんが「暴走作画でやってください!」って(笑)。僕は、金田系の生の原画やシートを全然見た事無くて、本当に正解なのか分からないまま、シートの詰めもコマ送りだけで確認してやってた。僕は、山下さんとか、伊藤浩二さんが好きだから、前詰めになってるんですけど。牟田口さんはG-1(※スタジオG-1NEO)にいたんで、大張さんの詰めも知ってて、「大張さんは、中に詰めるんですよ」「そうなんですかあ」って。『ガイキング』の金田さんのカットのコピーを持ってきてくれて、「見た事あります?」「いえ、無いです!」って、普通の作画マニアの会話が交わされてた。そんなノリで作ったので、丸っきりフリーダムな感じでできた。あの『狂乱』の炎のエフェクトの飛沫が、今までやった中で、多分いちばん細かく描いてると思います。牟田口さん自身も特殊な作画でやってて、手を入れられる嫌さ加減も十分分かっているから、「好きにやって下さい」って振ってくれた。「じゃあ、徹底的にやらないと失礼だな」と思って、飛沫をいっぱい細かく描いて。Aパートの方は、飛行機に「金田光り」を入れたんですよ。今の若い人が「金田光り」って言って描いてるのは、透過光が十字になってるんですよね。でも、本来「金田光り」は透過光じゃ無いんです。「金田光り」は、光がメカとか金属に反射した時の、カメラでいうハレーションを表現してる物なんだから、ブラシ処理じゃないとダメだからって。「透過光で光るので無く、ブラシで反射を表現しているのが金田光りだからね」って、いまざき(いつき)さんや沼田(誠也)さんと話してて。だから、この飛行機の金田光りも、こだわってブラシでボカしてある。しかも、「大張さんがよくやるような「空セル」で点滅させるのは、90年代のセンスだから、あれは止めよう。80年代は、1枚で止めでフェードアウトだよね」って。横川(臣孝)さんがそれをやってて格好良いんで、「よし、僕は止めでフェードアウトにしよう」と。「牟田口さんは、多分、「空」入れるけど、僕は1枚でフェードアウトでやろう!」と思って。そういう指示とシートを描いて、オンエア観たら、案の定、牟田口さんが「空」を入れてた(笑)。そういう、些細な違いはありますけど。

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『狂乱家族日記』#5

――『ひぐらしのなく頃に解』('07)12話は、回想シーンで突然影がおかしくなって驚きました。

新井 その頃、グロスの会社でメインでやってた『CODE-E』に加えて、「『ひぐらし解』も、新井さん作監でよろしく」みたいな依頼が来たんです。アクションはほとんど無い回で、回想シーンだけ、兵隊が出てきて大砲撃ったりする。自分では原画やってなくて、担当された原画マンさんには申し訳ないんですけど、「ここは、ちょっとこだわりたいんで」って、わざわざ危ない方向に振っていった。あのシーンの発砲は、『(マシンロボ ぶっちぎり)バトルハッカーズ』のスタジオ絵夢回のイメージ。凄い濃い作画をしてる大城勉さんの回で、敵のグレンドスの下っ端兵に囲まれて、ドリルがピンチになる。そこに応援部隊が来て、バルカン砲を発射するカットがあるんですけど。そのバルカン砲が、6コマ9コマ使ってて。濃い画で、すさまじくパカパカしてる。「これは凄えや」と。コマ送りして、「なるほど! こういう画を、このコマ数で描いてるのか!」ってシートに書き出して、そのタイミングそのままで、あの発砲を描いてる。でも、今さらあれを『ひぐらし』でやったって、それはびびるよねって。やっぱ放送版は、ディレイ掛かってましたね。

『Panty & Stocking with Garterbelt』#12

――雨宮さんの『パンスト(Panty & Stocking with Garterbelt)』('10)の回は、「格好悪くしよう」という意識があったそうですが、具体的には?

新井 雨宮さんが1本演出できる事になって、コンテ描く前に「大好きな『(戦え!超ロボット生命体)トランスフォーマー』('85)のパロディ回できるけど、どうしましょう?」って、佐藤利幸さんに相談しに行ったそうなんです。佐藤さんは、雨宮さんの学生時代からの自主制作の先輩みたいな人で、『トランスフォーマー』凄い詳しいんで(笑)。2人で「『トランスフォーマー』の何が大好きなのか」話して、追求した結果、ああいう、ダサいワカメ影とか(笑)、微妙な作画とか、そういうところも含めて好きらしいっていう結論になって、そういう方向に。別にバカにしてるって意味じゃなくて、愛情たっぷりの感じで、ああしたいみたいな。作画に入る前の段階で、そういう構想をした上で、多分、該当している人に振ってるんですよね(笑)。

――新井さんは、海外のアニメを観て研究されたそうですが。

新井 それは、コマの問題なんです。もともと『パンスト』って、普段のパンティやストッキングの芝居の口パクも、普通の3枚の閉じ口じゃなくて、5枚の母音や子音が入ってて、本当に海外アニメの複雑なやつなんです。まず、その段階で、普通のTVアニメと動き方が全然違って難しい。それプラス、『トランスフォーマー』の海外回の口パクも、やんなきゃいけなかった。これが、所謂今時の「アメリカン・カートゥーン」とはまたちょっと違うんです。その区別をどこでしたらいいのかが分かんなくて、いろいろ調べて、コマ送りして練習してみたり、雨宮さんとのメールのやりとりで調整しながらやった。凄い難しかったんですよ。普通のシーンも、「アメリカン・カートゥーン」だから、動かし方の方向が少し違うんですよ。「トランスホーム」は、それの更に変化球なので(笑)。180度違うのの、180度違うのをやろうとして、また戻ってくればいいんですけど、戻ってこないでまた違う方向行ってますからね(笑)。どうやっても、普通のTVアニメのノウハウが、効きにくかったですよ。ムッチャクチャですよ(笑)。「これで放送して大丈夫なんだろうか?」って思いましたからね。「こんなの描いた事無いけど、大丈夫かなあ」って。雨宮さんは、全然平気でスルーしてたんで、「もう、いいや。じゃあ雨宮さんの責任で」って(笑)。

――『マシンロボ(クロノスの大逆襲)』('86)っぽい作画は、そういう風に頼まれたんですか?

新井 コンテの画からして、そういう感じで、依頼を受けた時に、雨宮さんが「新井さんには、このカットをやってほしいんですが」って言ってきた。こっちも、「あ、そうだろうな」と。それプラス、カット数をいっぱいやりたかったので、自分で追加でメカできるところを拾って。で、作画打ち合わせに行ったら、雨宮さんが、80年代のトランスフォマーの版権イラスト集を持ってきた。大平晋也さん、松尾慎さん、佐野さんとか、80年代の「モドキ作画」の凄い濃い人達が描いてる本があって。その本見せて、「こんな感じで」って。「このカット、設定無いですけど、パンティロボとストッキングロボの『マシンロボ』的リアル作画バージョンで、松尾・大平調でよろしく!」みたいな感じで言われて。「まあ、いつもの感じで」みたいな。その時ちょうど、『スタドラ』(※『STARDRIVER 輝きのタクト』)同時でやってて。ちょうど松尾慎さん演出の3話やってる時に、雨宮さんからそんな依頼が来た。で、「今、松尾さんの演出で、やらして貰ってるんですよ」って言って。その時に、『スタドラ』も紹介したんですよ。

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『Panty & Stocking with Garterbelt』#12

『STARDRIVER 輝きのタクト』

――『STARDRIVER 輝きのタクト』('10)は、他の方の仕事を全然見ずに作業に入られたんですか?

新井 そうそう。自宅作業だったので、スタジオに入ってる他の方の原画が見れなくて。「本当に僕の作画で大丈夫なの?」って、回収に来る進行くんに毎日聞きながらやってた。逐一「メインスタッフや作監さんは、怒ってない?」って。レイアウト描いて、反応待ってたり。

――反応はOKだった?

新井 ええ。

――それは、演出が松尾慎さんだったっていうのが大きいんですか?

新井 それも大きいですね。僕の原画やレイアウトが(ボンズに)いって、「これをどう処理しよう」って話になった時に(笑)、松尾さんが「これは全部直すか、まるまるに近い状態で通すしか無い。二択しか無い」っていう判断をして。松尾さん、メカ作監の長野(伸明)さん、特技監督の村木(靖)さんで相談して、村木さんが「これは確かに際どいけど、これを直したら、作品の勢いがなくなっちゃうし」って。『スタドラ』は最初、村木さんの中で「作画のパワーとかフリーダムさで作品を活気づける」みたいな構想があったらしいんです。で、「上手くしたらそっちに持って行けるかもしれないから、勢いを殺さないで通しちゃいましょう」っていう事になって。凄いフォローしてもらいましたね。エフェクトも、僕の作画って凄いエッジが立ってるから、普通は、撮影さんでボカされちゃうんですよ。シートに指示しても、ボカされちゃう事が多いんです。3話でも、やっぱり撮影さんが僕のカットを怖がってたんだけど、松尾さんが「いや、これはボカさなくても、伊藤浩二さんなんで大丈夫です!」って言って下さってたらしくて(笑)、エッジを立てる方向に持っていってくれたと聞きました。凄く、ありがたかったですね。

――3話は、伊藤浩二さんのイメージだったんですか?

新井 3話の作打ちで最初にボンズに行って、その場にいたのがメカ作監の長野さん、演出の松尾さん、特技監督の村木さんと、あと制作さんがいて。「本当にボンズさんの作風で、僕の作画で大丈夫なんですか?」って一応聞いたら、「まあ、任せといてください」みたいな事を言われて。作打ちの後、多少雑談っぽくなったのと自分の説明もあって、「こういう方向なんで」って話した時に言ったのが、「80年代前半の金田(伊功)さんの真似をしてた人達の作画が大好きで、『マシンロボ』とか『(超獣機神)ダンクーガ』('85)とか『ビスマルク』とか大好きで。特に今は、山下さんとか伊藤浩二さんとか、横川臣孝さんが好きなので、そういう方向を意識して、エフェクトとか全部やってるんですよねー」って。伊藤さん達の事は、3人ともご存じだったので、特に村木さんがビックリして、「君は何歳なの?」「30ちょっとなんですけど……」って。村木さんは、かなり面白がってくれてた。行くたびに、作打ちのテンションが上がって、雑談が増えていく。凄い面白かったです。

――『スタドラ』では、他の方のメカ作画を見て、影響を受けたり、刺激されたりはしましたか?

新井 刺激は、勿論あったんですけど。3話の時に、自分の原画を作品の幅を広げる意味合いも込めて使ってくれたので、「じゃあ、そのポジションを維持する方向で行くのがいいだろう」と思って。他の人の作画を見て「いいなあ」と思ったら、「よし僕は、それは絶対やらないぞ」って、逆方向に振るようにしたんです。3話の時も、鹿間(貴裕)さんが原画枚数いっぱい使った動きを描いてたので、「今の二十代の巧い人は、やっぱそういう手法でくるよね。じゃあ、自分は原画枚数をいかに少なくするかでやろう」って。普段だったら、先に枚数決めて、タイムシート付けれちゃうんですよ。溜め・詰めで、どんな画をどういうコマや枚数で詰めたらいいのか、パターンが決まっちゃってるので。でも、今回はガチでいけそうだから、それよりさらに一歩進めてみたんです。コンテ読んだ後、普段やる原画のパターンを全部、紙に小さく書き出していって。で、「これとこれは無くても、シートの操作で1枚にできる」って原画の枚数を削っていった。そうやって、1日考えてから、原画にしたんです。

――それは、かなり特殊なやり方ですよね。

新井 3話は、こだわってやったんですよ。スターソードを抜くBANKカットも、そうやって原画にしました。

――あれは、もともとBANKになる予定だったんですか?

新井 普通、ボンズとかサンライズだと、BANKカットは専門の人に振るパターンが多いので、「これは他の人がやるのかな?」と思っていたら、普通にそこの作打ちもあって(笑)。「これはBANKになるんですよね?」「そうだよ」って(笑)。コンテの絵面や内容見て、「勇者シリーズっぽいBANKでいいですかね?」「あ、大丈夫ですよ」って。その後、伊藤浩二さんの話もしてたから、「多少ぶれても大丈夫かな」と思って。自分の作画でも通してくれてたから、逆に「遠慮して描くと、むしろ失礼かな」と。レイアウトを出して、お伺いを立てて、「OK」みたいなやり取りをした上で、どんどん方向が分かってくるんで、作業があとの方になるほど、どんどん内容が濃くなっていってる(笑)。レイアウトよりは原画の方が、さらに「出力120%」で描いてあって。レイアウトの時点で、それなりに「そっち系で、かなりヤバイ原画」って取られ方はしてたけど、原画になったら、もうみんな爆笑してたみたい(笑)。レイアウトの反応よりは、原画の反応の方がデカかったですね。

「金田モドキ」 / Yoshinori-Kanada-like

――毎回、「誰々さん風」という作画コンセプトを決めるんですか?

新井 あの……テンションを落とさないために……(笑)。最初、「金田モドキだね」って村木さんに言われて、「あ、確かに」と思って。今は「金田フォロワー」とか「金田系」って言うじゃないですか。でも、80年代のリアルタイムの金田作画ブームの時は、「金田さんの真似」とか、「金田モドキ」って言ってたんですよね。「あ、確かに、それですよ」って。村木さんに言われてからは、意識して「モドキ」って言葉使うようになりました。要するに、「金田モドキ」って80年代の金田さん系作画の事ですから、幅があるんです。その中でも、今回は誰寄りにしようって。例えば、『スタドラ』3話は、伊藤浩二さんの下ぶくれ顔のキャラとか、分度器と直線定規で描けそうなエフェクトの感じとか、BLで重そうなメカとか。「松尾さんっぽい生々しいBLパース画と、野太い感じでダイナミックな伊藤浩二さん」風をやりたいと思ってやったんです。あと、7話は、『(特装機兵)ドルバック』のOVAの、伊藤浩二さんのカットのビームがやりたいと思って、描いたり。

――「激闘パワードアーマー」?

新井 そうそう。それで、宇宙から来た敵の無人偵察機を町中で迎撃して、パワードアーマーがビームを撃つと、敵がビームを避けて、ガス弾を撃ち返すカットがあるんです。その避けるカットのビームなんですけど。ビームって、今のアニメだと普通、6コマとか、せいぜい9コマぐらいで消える。それが、伊藤浩二さんだったら、2秒ぐらい滞空してるわけですよ(笑)。丸パクリはできなかった、尺が足りなくて。1秒12コマぐらいで、ちょっと短くして。

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OVA版『特装機兵ドルバック』「激闘パワードアーマー」

――それがやりたいと(笑)。

新井 それがやりたい! 最終回で、ザメクが敵のサイバディを全部出して、タウの周りを囲ませるカットは、ビームが当たって煙が出た瞬間に、ショックとしてモドキ作画でよくあるビカビカエフェクトをやった。今はもう、ディレイとか引っかかっちゃうし、若手は誰もやらないんですよ。「誰もやらん事をやろう!」と思って、毎回考えてたんで。その課題として、最終回は凄い全面エフェクトをやった。全面エフェクトの形にしても、山下さんじゃなくて、伊藤浩二さんじゃなくて、横川さんだよねと思って。横川さんっぽい、わざわざ細かい感じで。「いちばん密度が高いのをクドクドやってたら、そうとう破壊力デカイよなあ」と思ってやった。「放映までには、消えちゃうだろうな」とは思っていたんですけど、全然消えなくて、ディレイでなぜかパワーアップされてた(笑)。

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『STARDRIVER 輝きのタクト』#25

――そういう作画って、知ってる人が観たら判るんですか? 「これは横川さんだ」とか。

新井 当時、現場でやってた人や同世代のファンの人には分かる。大張さんや山下(将仁)さんは、まだ現役だし、作画も有名じゃないですか。横川さんはもう、恐らく辞めちゃってるんですよね。当時、原画で目立っていたのは、短期間、本当2~3年のうちなので。今の若い人は、ほとんど知らない。ただ、金田系の中でもいろんな人がいて、有名になった人もいれば、いなくなっちゃった人いる。その中でも、やっぱ凄い人はいて。あるいは、この部分だけは、今有名な人よりも凄い部分があるっていう。僕はそれを知ってもらいたいって気持ちが凄くあるので。意識して、そういう部分を拾って真似してた。

――リスペクトして。他に、どんな方がいますか?

新井 田野雅祥さんですよね。『メガゾーン(23・PART II)』の「ウーフー」っていうVTOLヘリのシーンを描いてるじゃないですか。観た時は田野さんの名前は知らなかったんですけど、凄いBLついてて、生々しい感じが、とても印象に残ってた。

――他にはいらっしゃいますか?

新井 大平(晋也)さんじゃなくて、(同じスタジオブレイクの)矢野(淳)さんとか(笑)。ネオメディア出身の和田卓也さんとか。あと的場敦さん。『超攻速ガルビオン』('84)のメカアクションで格好いいの描いてる人ってわりと限られてるんですけど。「P・C・N」……高橋朝雄さんとか、下田正美さんとか、あと、佐藤厚司さんとか、的場敦さんとか、その辺の人達も。『ガルビオン』の高橋朝雄さんの回のメカシーンをやってるのが、確か的場敦さん。的場さんは、今もやってると思うんですよ。ネタ的な意味でくせがあって目立つっていうタイプじゃなくて、金田調のパースついてても、もうちょっとスタンダードに巧い。高橋朝雄さんは、「(スタジオ)No.1」だし、「金田モドキ」好きな人は割と知ってますけど、高橋さんの回だから高橋さんがいいかって言うと、実は格好いいメカのシーンは、的場さんがやってたりとか(笑)。そういう人をリスペクトはしてますね。あと、『ガルビオン』の服部憲知さんの回は、服部さんも巧いけど、メカシーンで巧いの描いてるのは、当時若手だった多田雅治さんなんですね。今はベテランで『NARUTO』とかやってますけど。

――新井さんは、「金田モドキ」をベースにしているにしても、それよりかなり緻密に描いてますよね?

新井 自分の画のクセとして、筆圧が弱いんですよね。線がちょっと細くて、わりと淡泊に見えちゃうんで、大ざっぱにザックリ画が決まらないんですよ。細かいディテールを描く事で、絵が見れるものになるっていうのが、まずある。それと、『マシンロボ』みたいな密度が高い作画が好きだった。いろいろ自分の相性を考えてみたところで、折合いを付けた結果、今の通りになってる。特に、意図して細かくしてるってわけではなくて、結果としてそこに行き着いちゃった感じですね。ザックリ描けるならば、やりたいんです。したいんですけど、できないから、ああいう形になっていってる(笑)。

――他に印象に残っているお仕事はありますか? 

新井 ネットや雑誌で、僕が名前を出してもらえる時は、原画としてソッチ系の作画で押してるイメージで言われるじゃないですか。『絶チル』『ハヤテ』『グレンラガン』、今だったら『STARDRIVER』。「キャラは似なくて、暴走しちゃう」みたいな紹介のされ方が多いんですけど、いつも悪事を働いているわけじゃない。作監の時は、ちゃんとキャラ似せてますからって。それを是非書いて欲しい。作監やってた『うえき(の法則)』『少年陰陽師』『CODE-E』とかは、「キャラは真面目にやろう」と思って。ただ、キャラ表や総作監さんの画そのままというわけでは、無いんですけど。自分の中で、「こういう内容で、この人のキャラデだったら、こういう絵柄が合うだろうな」とか、「今どきやるんだったら、こういう絵柄がいいだろうな」と考えて、できる範囲で、そっちに寄せていった。自分なりに、「見栄えするような絵柄に持っていけたらな」と、ビジョンを示す方向ではやってて。いろいろやりながら、得手・不得手で、本当にキャラが巧い作監さんに及ぶレベルではないって事が分かってきた。努力はできるけど、何本かやると、どこまでいけるかっていうのは、多少予想ついちゃうんです。それで、自分の中で「どの部分が、いちばん武器として強いんだろう」と、いろいろ試行錯誤してみた。ただ暴走してるだけじゃないんです。でも、最終的に、いちばん武器になったのが、そこだったっていう。

『タイ ~仏の国の輝き~展』感想

 「タイの仏像」と聞くと、ほっそりした素朴な造形が思い浮かぶ。僕はどちらかと言うと、腕がたくさん生えていたり、不思議な衣装をまとった奇抜な像が好きなので、今回は「絶対に観たい!」というほどではなかった。ただ、コミケ上京で暇な時間があったのと、みうらじゅん氏による音声ガイドに興味があり、足を運んでみた2015年の『インドの仏展』の時の音声ガイドが面白かったから。

 結論から言うと、初めて知ることが多く、観に行ってよかった。音声ガイドも面白かった(ただ、みうらじゅん氏の喋っている本数は少なかった)。「素朴」程度に思っていたタイの仏像の姿について、音声ガイドで、卵型の顔、抽象的だがはりのある胴体、眉がつながっている等と説明され、なるほどと、特徴をつかむことができた。

 今回、特に印象に残った像は「観音菩薩立像」。上半身の表面が小さい仏の姿で埋め尽くされている。こんな装飾、見たことない! 図録の解説によると、こうした像は現在ではクメール美術でしか確認されていないというから、珍しいもののようだ。「タイ展」ではあるが、カンボジア(クメール王朝)由来の展示も多く、古代の東南アジアにおける同国の影響力の大きさも感じられた。

 あとは、「ナーガ上の仏陀座像」も良かった。とぐろを巻いたナーガの上に座った仏の像で、光背の代わりに7頭の蛇を背負っている。東南アジアの仏像ではよく見るタイプで、僕の好きな格好いい像。とても美しい状態で、周りを何周も回ってじっくり観た。

 本展は「タイ展」の名称通り、タイの歴史全体を紹介する展示となっており、仏像以外の展示物も充実していた。アユタヤのコーナーでは、仏塔の地下室に宝物が収められていた様子が紹介されていたが、そのような地下室の存在も初めて知り、ワクワクした。

(2017年8月12日@東京国立博物館)

ローマにあるビデオゲーム博物館「VIGAMUS」訪問記

 2012年にオープンしたばかりの新しい博物館。イタリア旅行の際に立ちよりました。日本語のガイドブックでは見かけないスポットですが、行ってみたら面白かったので紹介します。


 場所は、ヴァチカン美術館の最寄り駅「Ottaviano駅」から徒歩10分ほど。博物館の入り口は階段を降りた地下にあります。いちおう地上に看板は出ているけど、若干分かりにくいので、Googleマップを見ながら行くとよいでしょう。

 

 入り口では『バイオショック』のビックダディとリトルシスターや『トゥームレイダー』の像がお出迎え。壁には『NINJA GAIDEN』の板垣伴信氏の写真が飾られていました。
 館内は想像以上に広く、いくつかの展示室やシアタールーム、イベントスペース、オキュラスのVRゲームが遊べる部屋などがありました。

 
 館内には、プレイ可能なアーケード筐体やビデオゲーム、PCゲームがところ狭しと並んでおり、数十台はありました。せっかくなので幾つかプレイしてみたところ、『スペース・インベーダー』の意外と響く重低音に驚かされました。『ハングオン』は、バイクにまたがるタイプではなく、ハンドルだけのタイプがありました。

 
 
 
 ビデオゲームの歴史に関する展示も、解説パネルと陳列物がずらりと並び本格的。


 数年前に話題になった、ニューメキシコ州の砂漠から発掘されたアタリ関係の品々。ゲームコントローラーやカタログが、砂と共に展示されていました。

   
 奥にゲームクリエイターの肖像画が並ぶコーナーがあり、日本人では須田剛一氏、三上真司氏、小島秀夫氏、宮本茂氏の4名が飾られていました。海外で評価の高い人たちという印象。

  訪れた記念に、売店で現地のレトロゲーム雑誌数冊(VIGAMUSが編集に協力しているっぽい?)と博物館のロゴ入りキーホルダーを購入。店員が「キーホルダーはプレゼントするよ!」と、おまけしてくれました。
 カタコトの英語で「よい博物館ですね」「日本から来ました」と伝えたら、「僕もトーキョーに行ってみたいけど、旅費が高くてねえ……」と嘆いていました。面白い博物館なので、もっとたくさん観光客が訪れて、繁盛して、この人が旅費を得られたらいいなと思いました。

(2017年5月4日@VIGAMUS)

『ベルギー 奇想の系譜展』感想

 PVが楽しげで、怪奇趣味の絵画も面白そうだったので観に行った。

 会場は3つのエリアに分かれていて、「第1章 15~17世紀のフランドル美術」がいちばん奇妙で面白かった。フランドル地方のことをフランス語で「フランドル」、英語で「フランダース」というようだ。

 『フランダースの犬』で名前を聞いたことはあるが、実際に観るのは初めてのルーベンスの絵もあった。炎の剣で悪魔と戦う天使の絵など数点で、意外とそれにいちばん心惹かれた。フランドル美術初期の未熟でひょろっとした人体表現と違って、ルーベンスの絵は人体構造が正確で筋骨隆々としている。ダヴィンチなどのイタリアの画家が進化させた人体表現が取り入れられているらしい。天使が持つ「炎の剣」は微妙な小ささで、短剣という感じでもなく、密教法具の金剛杵(ヴァジュラ)のような握られ具合だった。

 展示の目玉であるボス派の絵画は、悪魔に誘惑される聖人のモチーフが多かった。絵に登場する怪物の発想が面白く、見たこともない形の生物も多くあったが、巨大な魚型の戦艦がかわいらしくていいなと思った。不気味なイメージが詰まっている感じは、日本の地獄絵に通じるものがあった。ただ、ボス派の怪物画にはほとんど流血描写が無い(人体に剣が刺さっている絵でも血が出ていない)。陰惨な地獄絵と違い、かわいらしくも受け取れる原因のひとつだろうと思った。血の赤は無いけど、絵の一角に、都市が炎上するイメージが必ず描かれていたので赤っぽさはあった。

(2017年7月15日@Bunkamura ザ・ミュージアム)

『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』第7話の移動シーン

 最近、まんだらけオークションで『ジャイアントロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』第7話Aパート後半の絵コンテを購入した。僕が第7話で特に好きなのはBパートのほうで、そちらも以前に出品されたのだけど、その時は入札し忘れてしまった。今でも後悔している。

 さて、今回入手したパートで好きなシーンは、岩に半身埋まった「素晴らしきヒィッツカラルド」を「マスク・ザ・レッド」が始末したあと。歩み去るレッドと「直系の怒鬼」の姿がヒュッと消えて、次の瞬間、空に一筋の光が流れる。多分、2人が光速で次の戦場に向かったことを示す表現だと思う。5秒ほどの短いカットだけど、真空波をレッドが刀身ではね返し、ヒィッツカラルドの手が切り刻まれ、2人が去るまでの流れが1カットに巧みにまとまっている印象的な場面。なのだけど、絵コンテでは2人の姿が消える瞬間までしか描かれていなかった! では、あの格好いい、空に光が走る演出は誰の発想なのだろうか。疑問が湧いた。

 また、そもそもこのシーンは、映像本編ではAパートの後半ではなく、頭の方にある。つまり完成映像と絵コンテでは、若干シーンの並び順も違っているのだ。絵コンテでは、諸葛孔明と混世魔王樊瑞との会話シーンの間にこの場面が挿入されていた。

 そのような発見があったので、Bパートも含めて、第7話全体の絵コンテをいつか見てみたいなーと改めて思った。

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