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『みほとけのキセキ ー遠州・三河の寺宝展』感想

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重要文化財の仏像10体を含む寺宝展。遠州~三河地方にまたがる地域に焦点を当てた初の展示とのこと。招待券をもらったので観に行ってみた。

まず、今回の展示物を所蔵しているお寺の配置図とその解説が面白かった。東海道沿いに建っていたり、あるいは三河国府から浜名湖北岸の山深いエリア(修行に適している)を通る交通の流れに沿って建っている。当時の交通事情を感じ取ることができた。

また、仏像の展示数は多くはなかったが、平安~鎌倉~南北朝と時代を経るにつれて、仏像の造形にあいまいさが無くなり、細工も緻密になっていくのを実感できた。さすが数百年進んでいるだけある。

展示物の本格的な解説の脇に、興味をひくちょっとした豆知識が書かれており、それも面白かった。千手観音は左右合わせて40本の脇手を持ち、1本の脇手で25の世界を救うから、「40本×25=1000手」という説明を読んで、「そうだったのか!」と納得した。

あと、以前に人体の描き方の本を読んで、頭部から股下:股下から足裏の比率が1:1になることを学んだ。その見方をすると、仏像の一部はこの比率よりも足が短い。でも足元の土台(踏みつけている天の邪鬼など)まで含めると、1:1の比率になっているのだなと見ていて思った。

今回いちばん迫力があったのは、方広寺の「文殊菩薩坐像」(南北朝時代)。大きさは小ぶりだが、飛び抜けた存在感があった。『ニューヨーク美術案内』の彫刻の章を思い出した。まとっている空気が格別な気がした。

「見る者が彫刻の周りにどれだけ深々とした空間を感ずることができるか」これに尽きます。作品が支配する空気の層が分厚ければ分厚いほど、その作品はよくできている。/要するに魚の骨なのです。周りにどれだけ豊かな肉を感じることができるか、これが彫刻の生命です。細部がどうとか、ほとんどどうでもいいことです。このたっぷりした空気の層こそ見るべきものです。(千住博・野地秩嘉『ニューヨーク美術案内』)

(2021年4月23日@浜松市美術館)

ニューヨーク美術案内 (光文社新書)

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